使われ方の異なる欧米と日本のリビング

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家族はダイニングキッチンに集まるので、リビングはあらたまったお客様が訪れたときにしか使われることはありません。また、階段が玄関わきにあり、子供部屋が独立して2階にある場合は、家族みんなで集まる機会も減ってしまいます。
子供部屋にテレビがあれば、子供たちは食べ終わってすぐ自分の部屋にこもってしまうでしょう。母親はキッチンで後片付けをし、父親だけがリビングのソファに寝転がってテレビを見ているという家族ばらばらの状態ですから、ここでもリビングは活用されていないことになります。
昭和30年代から40年代にかけて、日本では、テレビでアメリカのホームドラマが盛んに放映されていました。それを見た人々は、アメリカの生活スタイルに大きな憧れを抱きました。そして、国が供給する団地などでその生活スタイルを真似した気持ちになっていくなかで、リビングは必ずあるもの、なくてはいけないものと思い込んでしまったのでしょう。
欧米では、会話をしなければ、何も成り立たないという文化をもっています。何でも徹底的に話し合うことによって成立する欧米の社会では、リビングがオフィシャルな場としてきちんと機能しているのです。家族であっても、そこではそれなりの身支度や振る舞いが要求されることになります。
一方、日本では「あうんの呼吸」といわれるように、雰囲気で察するという民族です。また、近隣の家とのつき合いも浅くなった現在では、家に一歩でも入れば外と完全に遮断され、家のなかにオフィシャルな場所が存在することもありません。家はあくまでも家族だけのくつろぎの場と認識されています。
オフィシャルな場として認識されているリビングが、家族のくつろぎの場である日本の家に入っている。それこそが、リビングが上手に使われない原因だといえるでしょう。
文化が遠い、生活様式が違うにもかかわらず、時代の流れのなかで、単なる憧れだけによってリビングを取り入れてしまったのですから、おきまりのように応接セットを中心に置いてしまうのも無理ないことなのです。
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使い勝手のよくないリビングに違和感を覚えながらも、リビングの在り方を少しも疑わない。そして、その違和感を広さのせいだと考え、もっと広ければ万事うまくいくと考える。その結果「広いリビングがほしい」という結論にたどり着いてしまうようです。
このように改めて考えてみれば、上手に使われないリビングはスペースの有効利用を妨げ、家族のコミュニケーションを希薄にする原因となっていることに気づくはずです。